文学座アトリエ(読み方:ぶんがくざ あとりえ)は、東京都の信濃町駅から歩いて5分の場所にある文学座専用劇場です。
”TOTUS MUNDUS AGIT HISTRIONEM” 「この世は舞台」「人生は劇場」1950年竣工(伊藤義次設計)。 15世紀末から約1世紀続いたイギリスの建築様式、チューダー様式が採用されている。 文学座の稽古場であり、前衛的実験的な作品を上演する「アトリエの会」を行う文学座の拠点。 従来の勉強会とフランス演劇研究会の技芸修練の目的と前衛精神を引き継ぎ、 1950年より現在に至るまで「アトリエの会」の上演場所として活動を続け、 日本の演劇界に歴史を刻み続けてきました。 また附属演劇研究所の発表会なども行われており、 劇団のほぼ全ての演劇活動がこのアトリエで作られています。 劇団の創造と修練の場として、文学座アトリエは今なお活動し続けています。 | |
■ 文学座アトリエの歴史 1947年フランス演劇研究会発足 1949年従来の勉強会とフランス演劇研究会を発展的解消し、毎日ホールで「アトリエ公演」始まる。1950年信濃町にアトリエ完成。以降、アトリエ公演はアトリエにて公演 1958年三創立者の一人、岩田豊雄が「アトリエ憲章」を起草。 1960年ベケット『ゴドーを待ちながら』、イヨネスコ『犀』、ウェスカー、アヌイ、ジロドゥ、オールビー、ジュネらの前衛的な作品が採り上げられ、共感を呼ぶ。 1964年63年のアトリエにおける真摯純粋な演劇活動とその業績により、第14回芸術選奨文部大臣賞受賞。 1970年エリザベス朝演劇連続上演の第一作『あわれ彼女は娼婦』 1971年アトリエ改装、額縁舞台(プロセニアム・アーチ)を取り壊したことで新たな劇場空間が誕生。1972年「シェイクスピア・フェスティバル」開催 1973年つかこうへい、金杉忠男らの作品を「現代作家シリーズ」として上演。 1974年別役 実『数字で書かれた物語』上演以降、別役作品連続上演開始。 1977年76年の活発な劇団活動に対して「文学座」が第11回紀伊國屋演劇賞団体賞受賞。 1979年清水邦夫、文学座に初めて書き下ろし、ほか創作戯曲募集入選作品二作を上演。 1990年アトリエの会40周年記念公演『グリークス』上演。 1991年『グリークス』の企画・製作に対して「文学座アトリエの会」が第25回紀伊國屋演劇賞団体賞受賞。 1997年創立60周年記念企画として現代作家たちによる書き下ろし作品連続上演。 2000年アトリエ50周年記念公演として、『マイシスターインディスハウス』『エレファントマン』『ザ・ウィアー≪堰≫』を上演。 2001年『マイシスターインディスハウス』が第8回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。アトリエの会が「アトリエ50周年記念公演」の成果により第1回倉林誠一郎記念賞の団体賞を受賞。 2002年創立65周年「三創立者記念公演」 2003年02年の活発な活動により「文学座」が第37回紀伊國屋演劇団体賞受賞。 2010年アトリエ60周年記念公演として、『トロイアの女たち』『カラムとセフィーの物語』『ダーウィンの城』を上演。 2012年4月アトリエ補修工事第一期終了(床面) 2013年第20回読売演劇大賞 最優秀作品賞『NASZA KLASA』/芸術栄誉賞 『文学座アトリエの会』を受賞。 2019年アトリエが新宿区の地域文化財に登録される。 |
📭アクセス(住所)
文学座アトリエの外観👓
🏪近くのお店 大通りに出て信濃町駅方面へ2軒隣がコンビニです。
🚙無料駐車場 なし(『駐車場コインパーキング検索』からお探し下さい。)
隣がコインパーキングです。
🚻トイレ あり
開場前トイレ
🍹入場ドリンク代 なし(別途チケット)
💺キャパシティ(最大収容人数)
150席
劇場はパイプ椅子が固定されています。
舞台の奥行きはありませんが照明、音響設備はしっかりしています。
客席との距離がかなり近く、列ごとにしっかりした段差があるため前列の方の頭は全く気にならずに舞台を見られると思います。
2列目くらいまでの端の方は少しステージ全体が見にくいかも知れません。後ろの列は端でも問題なく鑑賞できます。
📷座席からの見え方
📝文学座アトリエの座席表
⏰イベントスケジュールとチケット情報🎫
文学座は1937(昭和12)年9月、久保田万太郎、岸田國士、岩田豊雄(=獅子文六)の文学者の発起によって創立されました。
「真に魅力ある現代人の演劇をつくりたい」
「現代人の生活感情にもっとも密接な演劇の魅力を創造しよう」
本公演、アトリエの会、附属演劇研究所 という大きな三本柱を通して
この創立理念は生き続けています。
本公演では、創立者の久保田万太郎、岸田國士、岩田豊雄に始まり、森本薫、加藤道夫、三島由紀夫、有吉佐和子、宮本 研らの作品を「同時代の書き下ろし」として上演してきました。その流れは平田オリザ、なかにし礼、鄭義信、川﨑照代、マキノノゾミ、中島淳彦へと続いています。
海外作品でもシェイクスピア、チェーホフなどの名作に加えて、テネシー・ウィリアムズ、ソーントン・ワイルダーの作品をいち早く採り上げてきました。
このような時代時代の積極的な演劇活動の中から森本薫『女の一生』、有吉佐和子『華岡青洲の妻』、E・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』、T・ウィリアムズ『欲望という名の電車』などの数々の名舞台を生み出してきました。
1945年初演の『女の一生』は、上演を重ねてきたことで杉村春子の代表作となり、役は平 淑恵へと受け継がれ、演出家は久保田万太郎、戌井市郎、江守 徹、鵜山 仁へと「作品」は現代へと継承されています。
一方、劇団の拠点である信濃町・アトリエで行われる「アトリエの会」は、従来の勉強会とフランス演劇研究会の技芸修練の目的と前衛精神を引き継ぎ、意欲的で実験的な作品を上演しています。
ベケット、ウェスカー、ピンター、オルビーらの海外の現代作家や、別役実、つかこうへい、清水邦夫、金杉忠男、鐘下辰男、松田正隆、川村毅、長田育恵ら国内の現代作家との共同作業にも取り組むなど、その果敢な創造活動そのものが日本の演劇界に大きな影響を与えてきました。
また、劇団結成以来「名実ともに現代俳優たり得る人材」の育成に努めています。
1961年に開設した附属演劇研究所では、次代を担う俳優・スタッフの養成機関として、これまでに卒業生は3000人を超え、劇団内外に映画・TV・舞台・ラジオ・アニメ・吹替えなど多方面で活動する人材を輩出し続けています。
さらに近年では、毎年恒例となった「サマーワークショップ」、シニア世代向けのワークショップ「プラチナクラス」、また、公共ホールや学校などで演劇ワークショップ事業を行うなど地域や教育の場にも劇団の力を発揮しています。
文学座の歴史
1937年 | 9月6日 岩田豊雄、岸田國士、久保田万太郎の発起にて、文学座結成。 |
1938年 | 3月『みごとな女』『我が家の平和』『クノック』で第一回公演。試演と称す。 |
第一期研究所を開所。 | |
長谷川如是閑、新関良三、鏑木清方、久米正雄、喜多村緑郎、菊池寛、山本有三、三宅正太郎、渋沢秀雄を発起人として、文学座支持会本格的に発足。 | |
1945年 | 空襲警報下の渋谷東横映画劇場で『女の一生』初演。 |
1949年 | 巣鴨に附属演劇研究所を開校。 |
毎日ホールで「アトリエ公演」始まる。 | |
1950年 | 信濃町にアトリエ完成。以降、アトリエ公演はアトリエにて公演 |
1951年 | 舞台技術研究室開設。 |
1961年 | 附属演劇研究所復活。 |
1964年 | 63年のアトリエにおける真摯純粋な演劇活動とその業績により、第14回芸術選奨文部大臣賞受賞。 |
1977年 | 76年の活発な劇団活動に対して「文学座」が第11回紀伊國屋演劇賞団体賞受賞。 |
1991年 | 90年の『グリークス』の企画・製作に対して「文学座アトリエの会」が第25回紀伊國屋演劇賞団体賞受賞。 |
1995年 | 「文学座サマーワークショップ」開催 |
2000年 | 日本劇団協議会主催による「ワークショップIN文学座」が始まる。 |
2003年 | 02年の活発な活動により「文学座」が第37回紀伊國屋演劇団体賞受賞。 文学座パートナーズ倶楽部設立。 |
2009年 | シニア向け演劇コース「プラチナクラス」開設。 |
2013年 | 第20回読売演劇大賞 最優秀作品賞『NASZA KLASA』/芸術栄誉賞 『文学座アトリエの会』を受賞。 |
2019年 | アトリエが新宿区の地域文化財に登録。 スリーウインターズの上演において『文学座アトリエの会』が第12回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。 |
2020年 | 2019年9月アトリエの会『スリーウインターズ』が第27回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。 2019年9月アトリエの会『スリーウインターズ』が第7回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞。 |